| 1.区画溝について
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区画溝1114は北東から南西方向に走向します。溝は、今回の調査区の東端に沿って南北へ伸び、北側は第80次調査区へと続き、南側では西側への溝が派生しています。その検出総延長は約60メートルです。
溝は、弥生時代中期中葉(約2150年前)に掘削され、弥生時代終末(約1800年前)まで再掘削を繰り返し開口しています。度重なる掘削によって、溝幅4メートル、深さ1メートルの規模になっています。この溝からは、第80次調査で大型の勾玉を2個入れた褐鉄鉱(かってっこう)容器が出土しています。
この溝を境として地形は、東側が低く、西側が高くなっています。このような区画溝に軸を合わすように、大型建物跡は建っているのです。 |
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| 2.大型建物跡について |
大型建物跡は、北東から南西方向に軸をもつ梁間(はりま)2間(6メートル)×桁行(けたゆき)6間(13.7メートル)の建物です。独立棟持柱をもたない長方形の建物で、床面積は82.2平方メートル(タタミ約50畳分)もあります。柱列は、建物中央と東西両側の3列に並び、中央柱列は6本、東西両側の柱列は基本的に7本の柱があります。
東側の柱列には、基本となる7本の間にさらに3本の柱が据えられていました。この点については、基本となる7本の柱と間の3本の柱では、柱根底面の深さが前者よりも後者が浅いことから、後者は後に添えられた柱と考えています。残存する柱根の太さは最大で径80センチもあり、
弥生時代の柱としては最大級のものです。
これらの柱材はすべてケヤキ材です。また、この柱を据えるために掘り込まれた柱穴の大きさは長さ3メートル、幅1.5メートルもあります。大型建物は、柱穴から出土した土器から、弥生時代中期中葉(約2150年前)に建てられたと考えられています。
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| まとめ |
| 今回の大型建物跡は、弥生時代中期中葉、大環濠に囲まれた唐古・鍵ムラの西地区中枢部末端で建てられた建物として注目されます。このような大型建物跡は唐古・鍵遺跡では2例目ですが、前回(第74次)の建物のような独立棟持柱をもたない構造で、その性格は異なる可能性があります。唐古・鍵の大集落にはさまざまな機能をもった施設が配置されていたと考えられ、今後、周辺の調査によって明らかにされることでしょう。 |
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